「予定と違うんだけどなぁ」
美緒が思わずそう嘆いている
約束通り“オフ”となったこの日、竜也、祐里、美緒、未悠の4人で出かけているのだが
なぜか組み合わせが『竜也、未悠』、『祐里、美緒』の感じになったことでの発言
示し合わせたわけでもなく、会話しながら歩いていたらいつの間にかこう分散していた
「仕方ないじゃん。私と松村はただの知り合いでしかないんだしさ」
祐里がそう宥めるが、美緒は明らかに不貞腐れた様子
「そういえば竜也にさ、バッティンググローブいらないって言われちゃったよ。祐里から貰ったやつを捨てられないってね」
言って、美緒はふと周囲を見渡すと下を向いて苦笑している
どうした? と祐里に窘められると、すぐに返答した。竜也と未悠ちゃんがいない、と
それで祐里はあちゃーという感じで舌を出した
「抜け駆けされたね。探さないと」
言って、祐里はいつものようにあははと笑った
§
「こら、大会真っ最中の人がコーラとポテトはダメじゃん」
竜也と未悠は何事もなかったように、2人でマクドにいる
美緒と祐里から離れたことを特に気にもせず、2人は旧交を分かち合っている
「そいや2人でこうやって話すの初めてじゃね」
今更なことを竜也が呟くと、未悠は遠い目をしている
「けど昨日は笑ったな。1塁にバットを持ったまま行って、そのままベンチに戻る野球選手を初めて見たよ」
未悠に揶揄され、竜也は思わず噎せる
マジで凹んだんだから勘弁してと言いつつ、照れ臭そうに頭を掻いている
「まあ敬遠されるんだから凄い選手なんだよね。Youtubeとかで試合見てたけどさ、実際生で見るまでは信用してなかったっていうか。普段の君を知ってるからギャップが強くてね」
“陰キャ”の竜也しか知らないだろうから、そう思われるのも当然なわけでそこは竜也は否定しない
だからこそ、ヒットを打っていいところ見せたかったというのが本音で、あのような行動を取ってしまったというわけ
「一応夏大会は8打数5安打で、打率.625となってます。ボール攻め酷くてさ、調子がいまいちなんだよな」
相変わらずえげつない成績を残しているのに、本人は不満な様子
そこまで野球が詳しくない未悠は、その数字を聞いてもやばさがわからないようでそうなんだと頷いている
「にしても、わざわざ応援に来てくれるとは思わなかったわ。全然教えてくれなかったじゃん」
ポテトうめえと言いつつ、竜也にそう言われた未悠は例によって右手で拳銃のポーズ
「最初は甲子園にだけ行くつもりだったんだけどね。けど美緒ちゃんが“もし行くなら、宿泊費はかからないよ”って言ってくれて。じゃあ行っちゃえ、みたいな」
さすがの上級ぶりをさり気なく披露している美緒に感心しつつ、それに乗っかる未悠に感謝している
「で、どうなの。甲子園は行けるのかな?」
未悠にそう聞かれ、竜也は一瞬逡巡するがやがて首を傾げる
「どうだろ。明後日はまあ大丈夫だと思うけど、準決と決勝はさすがに楽観出来んわ。決勝で恒星が来なきゃいいなーって」
珍しく真顔でそう答えつつ、未悠のシェイクに手を伸ばして怒られている
それでも懲りずにコーラとトレードしてくれと続けて、さらにお怒りを買っている
「しつこいな、君も。進藤や美緒ちゃんとは普通にやってることなの?」
未悠にそう窘められ、竜也は悪びれもなくすぐに頷いてみせる
むしろ俺が奪われる方だけどなと続けると、今度は未悠が噎せている
君も苦労してるんだねと憐れみつつ、そういえば! と再び竜也にしっかりと視線を向けた
「一つ聞きたい事あったんだよね。プログラムの話なんだけど、聞いても大丈夫?」
色々混みあった事情があるかも知れないからの配慮で未悠がそう先に確認すると、竜也はわざわざ見開きポーズをしてみせる
いいよ。松村にはお世話になったからなと促すと、それじゃあという感じで未悠が話し出す
「何か嫌な話だけど、“殺人”してた人いたんだよね? そういう人たちと変わらず過ごしてたの?」
尤もな質問だった。なるほどね、と思いつつ竜也は静かに解答する
「それね。何か専門の学校というか施設というか。あるみたいでさ、そういう方はみなそちらの方へ行ってらっしゃいって感じだったんよな」
美緒が、絶対手を出しちゃダメだから! 銃を撃っちゃダメだよ!? と、くどいほどに念を押していたのはこういうことだった
渡辺天明や田原翔、豊田愛季などはそちらに“収容”されていった
「俺は人を殺してないぞ!」と叫んでいた小崎健太や、ちゃんこを食っていただけの双尾光司までいなくなったのは笑えたが
なんで? なんで東田はそのままいるの?!
光がそう嘆いていたのは記憶に新しい
閑話休題
「そっか。それならよかった。“人殺し”と一緒に過ごすのはさすがに嫌でしょ」
言って、未悠はまたいつもの右手で拳銃を作るポーズ
まあなと言いつつ、竜也は両手をちょっと合わせるとトイレ行ってくるわと言って立ち上がった
いいよ、行ってきなよと未悠は笑って送り出して間もなくだった
「彼女、俺たちと遊ばない?」
未悠はそう呼びかけられたがまるで無視してスマホを弄っている
そして再び、「ねえ彼女ってば」と声をかけられた上に右肩に手をかけられたので、未悠はきっとした視線でそちらを睨みつける
そこにはチャラそうなジャージ姿の二人の男が立っていた
思わず未悠は舌打ちをしたが、やがてまた無視してスマホに目を向ける
「オイオイ、つれないなー」
より一層チャラいほうがそう声をかけたと同時、わりぃわりぃと竜也が戻って来てそれぞれ驚いた様子
「って、杉浦じゃねーか。お前の連れか?」
チャラい男は恒星高校の坂本だった
一応函館支部どころか、全道でも名と顔が知れ渡っているので一応顔見知りではある
「まあ一応。って未悠、そろそろ出るか。あれ」
竜也はそう言って外を指差す。未悠がそれを見てニコッと笑って頷いている
「じゃあ俺たち行くわ。まあ決勝で逢えたらいいな」
竜也が心にもないことを言って未悠と共に立ち去ろうとすると、坂本は下を向いてクククと笑っている
「だな。お前ら西陵が上がって来てくれると楽で助かるわ」
バカにした口調でそう投げかけてきたが、竜也は素知らぬ顔で背を向けている
未悠は怒り心頭で再びきっとした視線を向けるが、竜也がいいからと言って宥めて足早に去って行く
「何かムカつくわ。中村、この後どうする」
坂本がそう呼びかけると、もう一人のチャラい方は一人首を傾げていた